Sugarにくびったけ②
ヂッと、ひと回り。
フリントがホイールに弾かれる音に起こされる。
ひと呼吸後に澄み渡るナチュラル煙草の匂い。ペリックが焦げて縮む薫り。
コルクの燃える臭いにも似た甘み。
風呂上がりに窓を開けたまま眠りに落ちたもんだから、翌朝の霧雨に部屋は湿気ていた。
「ひと晩中起きてたなら、窓は閉めてくれてもよかったんじゃないかSpice。」
出窓に腰掛けて外を見つめている彼が、目を覚ましたモジャモジャの呼び声に少しこちらを見てアメリカンスピリットを咥え直す。
灰色がかった顔色に瞳の濁りが大きく澱み、ひと息ぶんも煙の幕がかかれば、より暗く 光を閉ざした。
Zippoライターの蓋を開けたり閉めたり。
真鍮のぶつかる音を立てながら、
『モジャちゃんはいびきがうるさい。』眠れないことを人のせいにしてくる。
これはSugarもたまにすることで、2人の言動における自分を建てたい意志の度合いはよく似ていた。
「このままSugarが夕方戻るまでいんの?今日パート出るから9時前にもう行くけど。」
モジャモジャは幼馴染の身の回りの世話をしながら、社会保険のために 知人の運営する蕎麦屋にパートに出ていた。
Sugarは人が信じられない。マンションに依頼する仕組みのハウスキーパーに信頼をおけず、自分に悪意を向けない人間がそばに必要だった。
十代の半ばから父親より年齢の高い権威者に女性として寄り添わされてきた彼女もいよいよ20代の終わりに近づくにつれてその需要も薄れ、当時の芸能不況の余波に、それまでの歩みを逐われ始めていた。
おのれ尊き誇りを折らずに少しずつ失脚していく彼女は、滅びの美しさを秘めながら、地に近づくごとに目線の高さが実年齢に追いつき、内心に頼りどころを求めていた。
情報誌の対談企画で出会った同世代の若者に『ぼくファンなんですよ』って言われたそれだけで。
Sugarは生まれて初めて彼氏を作った。
〜つづく〜