Sugarにくびったけ①

2009年6月9日、深夜。

幼馴染の女の子の恋人を公園の砂場に埋めてやりながら、汗まみれでモジャモジャは言った。
「どうよ。」

幼馴染の女の子の恋人は言った。
『埋まっときながらなんだけど、まだちょっとよくわかんない。』

今夜は彼にせがまれて、幼馴染の女の子の住むマンションのそばの公園に彼のからだを埋めに来た。

幼馴染の女の子の名前はSugar。
幼馴染の女の子の恋人はSpice。

私の名前はばーばもじゃもじゃ。
Sugerの身の回りの世話をするために上京した井の頭周りは下連雀の住宅街で、
生き埋めに憧れる幼馴染の恋人のために砂場に深く穴を掘り、ちょうど肩まで彼を砂で埋め終わったところだ。

六月の夜は 湿度に濡れた月が空に曇り、コバルトまでいけない紫に灼けた色をしていて、
見ているだけで命がむらむら音を立てるから、あまり好きじゃない。

せっかく今夜はSugarが仕事のロケ泊で遠方にいるから しっかり湯船に入って汗を引かせて、ゆっくり眠れそうだったのに。

モジャモジャがタオルケットを肌にかけて目を閉じた小一時間後、気配を感じて瞼をあけると、目の前に、人の瞳の真っ黒な色が広がっていた。

Sugarに合鍵を持たされているSpiceが部屋に上がって、眠るモジャモジャの鼻先一寸の所まで顔を近づけ、じっとこちらを見つめていたのだった。

「どうしたんだよ。」
瞳の目の前に瞳がある。驚きも拒絶もない。今晩だけでなく、この頃はたまにこうだ。
Sugarも心を壊しているけど、Spiceもまた、この世にサヨナラ的な何かに取り憑かれていて、夜は眠れない。

『ねぇモジャちゃん。ぼくちょっと、土に埋まってみたい。』

Spiceのまばたきにまつ毛が絡みつき、まるで指を絡め取って組み敷かれるように 甘えがのしかかってくる。

SugarはSpiceより大衆知名度の高いタレント業をしている子で、自分より小物感のあるバンドマンな彼との交際を ひた隠しにしていた。

自分の身の回りの世話をさせるために田舎から連れてきたモジャモジャと、当時のマネージャーだけが二人の仲を知っていた。

この頃はSugarの所属事務所の経営が傾き始めた頃で、稼ぎ頭としてあちこちに出回って しんがりをさせられていた彼女の留守のあいだにも
Spiceが心離れてゆかないように、
モジャモジャは彼女から彼のメンタルをトリートメントして繋ぎ止めておくよう指示が出されていた。

Sugarは自尊心が高く依存度も高い女の子ゆえ、恋人に捨てられることで自暴自棄となり、仕事に影響の出る行動をとってしまう癖があるからだ。
この、私の目の前に瞳を置く男に死なれたり逃げられたりしては困るのだ。

マンションの共用物の納屋から借りてきたショベルを握り、つい先ほどのことを回想する。

…跳ね土が汗ばんだ全身の肌に張り付いているモジャモジャは、少し経ってからまた彼に尋ねた。
「で、どうよ。」

Spiceは目を閉じて、くしゃみをした。
『土はあったかいんだけどね、鼻がかゆいね。』
「それおまえ、鼻ん中に土入ってんだよ。帰ろ帰ろ…顔洗って、風呂入って、なんか食って、うちで寝よう 今日は…」

『うーん…メシはちょっと。あんまりなぁ。』
土の中から自力で抜け出して 体を手で払いながら、襟ぐりの緩んだTシャツをばさばさとやってみせるSpice。また腹が痩けている。

「袋麺でラーメン茹でると量が多いからさ、食いきるの付き合ってよ。」
ここ最近おそらくは食事をろくに摂っていない彼にそう頼んでみても、それがずっと叶っていない。

彼はじっとこちらを見る。
真っ黒く不透明な照らつきが亀ゼリーみたいだとモジャモジャはいつも思う。

『6月9日は、ロックの日だよキミ。』

ロックンロールがしたいのか
よいものだって言われるようにしたいのか
好きなアーティストのフォロワーになりたいのか
何がしたいのか
わけがわからなくなって、
そんな時に仕事で出会ったSugarの恋人になって、
すぐに一途に関係を完成させようとする癖のあるSugarに流されるがまま 自分の親に会わせる約束をして、

Spiceは何かがちがう予感に心を病んでいた。

こないだの晩は行き倒れごっこに付き合わされた。

何かがちがう予感は、もしかして「生きていくことへの違和感」なんじゃないか。
"これから死んでしまう人ごっこ" を通して、彼は自分の気持ちを確認しようとしていたんだろう。
それとともにSugarのいない日に部屋に上がることが増え、気がつくとそばに来ている距離が近づき、今夜はいよいよ 鼻先1cmに潜んでいた。

「なんかロックっぽいことしながら帰る?」
自転車の荷台にSpiceを座らせて背中にしがみつかせ、CadillacsのGloriaをブライアン・セッツァー風に歌いながら、
口でギターの弾き真似をする彼と笑い、

(めんどくさいから夜は明けなくてもいいのにな。)

少しそう思った。

〜つづく〜